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脳のコンピュータモデルに関する論文のレビューなどを細々と続けていこうと思います。

このブログについて

主に精神疾患や心理学的知見の計算モデルに関する論文を紹介しています。

正確な訳をつけることではなく、内容を大雑把に把握することが目的なので、訳は全体として粗いですし、訳出していない部分も多いです。

それでも多少なりとも論文検索のお役に立てば幸いですし、紹介している論文の感想など頂けたらありがたいです。

 

machinehead(ブログ主)より。

 

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報酬予測誤差仮説に関する論文リスト - 電脳ラボ


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精神疾患・神経疾患等のモデルのまとめ - 電脳ラボ

精神疾患と時系列

統合失調症双極性障害うつ病といった精神疾患は、気分の上下や易刺激性といった尺度でとらえられることが多いが、時系列でとらえる考え方もある。

例えば木村敏は、人間の時間の感覚をante festum(祭りの前)、post festum(あとの祭り)、intra festum(祭りのさなか)の3つに分類し、それぞれを統合失調症うつ病双極性障害に対応された。

また中井久夫は、統合失調症親和的な微分的認知と、うつ病親和的な積分的認知に分類した。

Schultzらの仮説に基づけば、報酬に先行する刺激はDA放出をもたらす。またBerridgeらの仮説に基づけば、DA放出は動機づけに対応する。

報酬を予期する刺激により動機が高まり、報酬獲得行動が促されるのが人間を含む動物の基本的な行動パターンであるのなら、精神疾患はその基本的な行動パターンからの逸脱と捉えることができる。

統合失調症と報酬予測誤差

統合失調症の病態は十分に理解されていませんが、D2拮抗作用のある薬剤が効果を示すことから、ドーパミンが病態に関与すると考えられています。

DSM-5で診断根拠となる所見は、幻覚(頻度が高いのは幻聴)、妄想(頻度が高いのは被害妄想、一次妄想としては妄想気分、妄想知覚、妄想着想)、まとまりのない発語、ひどくまとまりのない行動、陰性症状となっています。しかしこれらの症状から直接病態を考察するのは難しい印象があります。

統合失調症で知られている所見として、「自分で自分をくすぐってもくすぐったく感じる」というものがあります。また、先行する弱い感覚刺激によって、強い感覚刺激による驚愕反応が抑制される、prepulse inhibition(PPI)という現象があるのですが、統合失調症の患者さんではPPIが減弱する(驚愕反応があまり抑制されない)ことが知られています。

統合失調症に特徴的な幻聴も、自らの思考を外部からの刺激のように体験するものと考えられています。

これらの共通するのは、統合失調症では「予測に基づく抑制が働かない」ということではないでしょうか。幻聴についても、自らの思考であれば「予測可能なもの」として、過度に反応しないのが正常ですが、その機構が破綻することで自らの思考すらも「予測不能なもの」として体験されるのではないでしょうか。

精神薬理と機械学習

精神薬理と機械学習に関する研究を紹介します。

 

教師あり

Predicting second-generation antidepressant effectiveness in treating sadness using demographic and clinical information: A machine learning approach

 

教師なし

https://www.researchgate.net/publication/46707105_Visualizing_Pharmacological_Activities_of_Antidepressants_A_Novel_Approach

 

 

 

精神医学・心理学のマンガリスト

精神医学

 

 

 

 

 

心理学

 

 

発達障害の「治療」について

以前、Gail TrippのDopamine Transfer Deficit Theory(DTD Theory)について紹介した。

ADHDの特性をすべて説明できるわけではないが、合致する部分が多いように思える。

また、上記の仮説はASDの特性を考える上でも有用であろう。

 

発達障害の本質がDTDだとした場合、発達障害を「治療」するにはどうしたらよいか。

DTDの生理学的基盤は、ドパミン放出に関わる神経の可塑性ということになるが、ドパミンニューロンドパミン受容体の性質だけでなく、NMDA受容体やグルタミン酸受容体、大脳皮質や基底核のネットワークも関与してくる。

いずれにしても、現在の医療で後天的にこれらを操作することは難しい。

 

DTDは(動機づけに関する)学習の障害と換言することもできる。

そう考えた場合、最もシンプルな「治療」は、やるべきこと、関心を持つべきことを、定型発達者の何倍も試行させることである。

通常よりも多く試行することで、ADHDASDでも行動の完遂に必要なだけのDA放出がなされるようになる。

上記のような病態を想定していたわけではないだろうが、療育や行動分析の分野では経験的にそういった「治療」が行われていた。

ただ、「多く試行する」ためには当然多くの時間を費やす必要があり、現実の場面で常にそれが可能というわけではない。

 

DTDに関連する心理学的な知見は何だろうか。

Kaminのblockingは、獲得すべき刺激への反応性が獲得されないという意味では、DTDに近いものがある。

また、ShultzやWickensらの知見を援用すると、報酬を用いたオペラントまたはレスポンデント条件づけは、外部の刺激に対するDA系の反応性の獲得とみなせる。

blockingに類する現象は、人間の生活場面でも起こりうる。

例えば、親からの仕送りによって生活費が賄えている状態だと、アルバイトによって給与を得たとしても、「自らの労働によって生活費を得た」という実感が生じにくい。

労働と生活費を関連付けて労働への意欲を高めるためには、仕送りを止めるのが一番よいだろう。

 

DTDに即して考えると、上記のような「反応性の獲得の困難」はADHDASDでより顕著であり、それゆえにADHDASDではblockingを排除する必要性が高くなる。

具体的にはどのような工夫が求められるのか。

例えば宿題をやる必要がある場合に、「もしかしたら誰かがやってくれるかもしれない」「先にやった友人が答えを見せてくれるかもしれない」といった「希望」は、自力で宿題をやる意欲を妨げる。

ADHDASDでは、そういった「(安易な)希望による意欲低下」が起こりやすいため、「(安易な)希望」の排除をより徹底して行うべきなのである。

もちろん、定型発達者でも上記の「希望の排除」は、意欲向上に寄与するだろう。

発達障害を「治療」する上では、学習を妨げている本人の「希望」が何なのかを丁寧に探り出し、一つ一つ潰していくことが肝要である。

 

ちなみに、上記のような病態と治療を想定すると、発達障害の「治療」に悪影響を及ぼす環境や合併症も見えてくる。

一つは過度に支持的、あるいは経済的に恵まれた家庭環境である。

またそれとも関連があるが、自己愛の強さは発達障害者の学習を強く(定型発達者でもある程度)妨げる。

こちらも「操作」することは容易でないが、発達障害者の予後に影響する因子として考慮すべきだろう。

報酬予測誤差ベースの精神療法

精神療法の手法は様々ですが、報酬予測誤差仮説に着目して行うことも可能です。

基本的には報酬系が予測誤差に依存することに着目して、報酬系の活動が低下している場合には比較対象を下げ、逆に亢進している場合には比較対象を上げます。

長時間の精神療法を行う場合、全体としての予測誤差の和はゼロに近くなりますが、「少数の大きな正の誤差と、多数の小さな負の誤差」であれば正の誤差が強調されますし、その逆も成り立ちます。

報酬予測誤差仮説だけでなく、その周辺の学習心理学等の知見を応用すれば、さらに手法の幅が広がります。

例えばブロッキングの知見に基づき、「安易な期待を断つ」ことを行えば、ブロッキングを抑制し、「真にやるべきこと」への関心の移行を促せるかもしれません。

ただし、報酬予測誤差仮説は学習心理学の知見に基づいており、学習心理学は動機づけのような内面への言及は避ける傾向があるため、動機づけに応用するためには別の心理学的・神経科学的知見を援用する必要があります。

 

最終的な精神療法がどのようなものになるかは、各人の解釈にもよると思いますが、背景にある知識を理解することは無駄ではないでしょう。

そのため、私が考えている精神療法そのものよりも、その背景となった知識について紹介しようと思います。

 

〈基礎知識〉

カールソン神経科学テキスト ー脳と行動ー 原書13版

メイザーの学習と行動

行動変容法入門

強化学習(第2版)

 

〈報酬予測誤差仮説〉

A neural substrate of prediction and reward

Predictive reward signal of dopamine neurons

Dopamine responses comply with basic assumptions of formal learning theory

 

大脳基底核の可塑性〉

A cellular mechanism of reward-related learning

https://www.researchgate.net/publication/243646413_A_Model_of_How_the_Basal_Ganglia_Generate_and_Use_Neural_Signals_that_Predict_Reinforcement

 

〈phasic and tonic relaease〉

Phasic versus tonic dopamine release and the modulation of dopamine system responsivity: a hypothesis for the etiology of schizophrenia

Tonic dopamine: opportunity costs and the control of response vigor

 

〈incentive  salience仮説〉

What is the role of dopamine in reward: hedonic impact, reward learning, or incentive salience?

A computational substrate for incentive salience

From prediction error to incentive salience: mesolimbic computation of reward motivation

 

ADHDの仮説〉

A dynamic developmental theory of attention-deficit/hyperactivity disorder (ADHD) predominantly hyperactive/impulsive and combined subtypes

Research review: dopamine transfer deficit: a neurobiological theory of altered reinforcement mechanisms in ADHD

Focus on the positive: computational simulations implicate asymmetrical reward prediction error signals in childhood attention-deficit/hyperactivity disorder

 

ADHDASDの関連〉

Changing ASD-ADHD symptom co-occurrence across the lifespan with adolescence as crucial time window: Illustrating the need to go beyond childhood

Structural brain imaging correlates of ASD and ADHD across the lifespan: a hypothesis-generating review on developmental ASD-ADHD subtypes

 

統合失調症の仮説〉

The early stages of schizophrenia: speculations on pathogenesis, pathophysiology, and therapeutic approaches

Psychosis as a state of aberrant salience: a framework linking biology, phenomenology, and pharmacology in schizophrenia

Phasic versus tonic dopamine release and the modulation of dopamine system responsivity: a hypothesis for the etiology of schizophrenia