電脳ラボ

脳のコンピュータモデルに関する論文のレビューなどを細々と続けていこうと思います。

発達障害の「治療」について

以前、Gail TrippのDopamine Transfer Deficit Theory(DTD Theory)について紹介した。

ADHDの特性をすべて説明できるわけではないが、合致する部分が多いように思える。

また、上記の仮説はASDの特性を考える上でも有用であろう。

 

発達障害の本質がDTDだとした場合、発達障害を「治療」するにはどうしたらよいか。

DTDの生理学的基盤は、ドパミン放出に関わる神経の可塑性ということになるが、ドパミンニューロンドパミン受容体の性質だけでなく、NMDA受容体やグルタミン酸受容体、大脳皮質や基底核のネットワークも関与してくる。

いずれにしても、現在の医療で後天的にこれらを操作することは難しい。

 

DTDは(動機づけに関する)学習の障害と換言することもできる。

そう考えた場合、最もシンプルな「治療」は、やるべきこと、関心を持つべきことを、定型発達者の何倍も試行させることである。

通常よりも多く試行することで、ADHDASDでも行動の完遂に必要なだけのDA放出がなされるようになる。

上記のような病態を想定していたわけではないだろうが、療育や行動分析の分野では経験的にそういった「治療」が行われていた。

ただ、「多く試行する」ためには当然多くの時間を費やす必要があり、現実の場面で常にそれが可能というわけではない。

 

DTDに関連する心理学的な知見は何だろうか。

Kaminのblockingは、獲得すべき刺激への反応性が獲得されないという意味では、DTDに近いものがある。

また、ShultzやWickensらの知見を援用すると、報酬を用いたオペラントまたはレスポンデント条件づけは、外部の刺激に対するDA系の反応性の獲得とみなせる。

blockingに類する現象は、人間の生活場面でも起こりうる。

例えば、親からの仕送りによって生活費が賄えている状態だと、アルバイトによって給与を得たとしても、「自らの労働によって生活費を得た」という実感が生じにくい。

労働と生活費を関連付けて労働への意欲を高めるためには、仕送りを止めるのが一番よいだろう。

 

DTDに即して考えると、上記のような「反応性の獲得の困難」はADHDASDでより顕著であり、それゆえにADHDASDではblockingを排除する必要性が高くなる。

具体的にはどのような工夫が求められるのか。

例えば宿題をやる必要がある場合に、「もしかしたら誰かがやってくれるかもしれない」「先にやった友人が答えを見せてくれるかもしれない」といった「希望」は、自力で宿題をやる意欲を妨げる。

ADHDASDでは、そういった「(安易な)希望による意欲低下」が起こりやすいため、「(安易な)希望」の排除をより徹底して行うべきなのである。

もちろん、定型発達者でも上記の「希望の排除」は、意欲向上に寄与するだろう。

発達障害を「治療」する上では、学習を妨げている本人の「希望」が何なのかを丁寧に探り出し、一つ一つ潰していくことが肝要である。

 

ちなみに、上記のような病態と治療を想定すると、発達障害の「治療」に悪影響を及ぼす環境や合併症も見えてくる。

一つは過度に支持的、あるいは経済的に恵まれた家庭環境である。

またそれとも関連があるが、自己愛の強さは発達障害者の学習を強く(定型発達者でもある程度)妨げる。

こちらも「操作」することは容易でないが、発達障害者の予後に影響する因子として考慮すべきだろう。